始まりは“マラガの夜”…アトレティコを救ったディエゴ・シメオネ

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2011年12月、グレゴリオ・マンサーノ前監督が解任されたとき、アトレティコ・マドリーは順位表の13番目に位置していた。 財政難に苦しみ、戦力は不足し、ファンは首脳陣に抗議してデモを行った。だから、ディエゴ・シメオネの業績を決して過小評価してはならない。混乱の渦中にあったクラブを、彼はほとんど一人で救ってみせたのだ。

クラブ歴代1位の長期政権を築く

2019年2月、アトレティコ・マドリーはディエゴ・シメオネ監督との契約を2022年6月まで、2年延長したと発表した。

 シメオネとの契約延長はこれが4度目だ。すでにアトレティコでの在任期間はクラブ歴代最長記録を更新した。この契約を全うすることになれば、2011年12月に始まった現体制はスペインのみならず、フットボール界全体を見ても異例の長期政権となる。

 現役時代の背番号にちなんだ14日、クラブの公式サイトで発表されたそのニュースには、指揮官からのメッセージを収録した動画が伴っていた。

「再びアトレティコとの契約更新を決意させたのは未来へのビジョンだ。今までどおり、全員が足並みをそろえて力強く踏み出せば、引き続き正しい道のりを進むことができる。ファンも、選手も、役員も、監督も、今日まで大きな力になってきた。この先も変わらないことを期待したい。マラガの夜に歩み始めたこの道のりを進み続けるべきだと確信している。1試合、1試合のことだけを考えながら」

 パルティード・ア・パルティード(1試合、1試合)。

 シメオネの就任以降、アトレティコは目の前の1試合のことだけに集中し、全力で戦い抜くという極めてシンプルなメンタリティをベースに、資金力で上回る国内外のトップクラブと毎シーズンのようにタイトル争いを繰り広げてきた。

 シーズン半ばからチームを率いた11-12シーズンはヨーロッパリーグの決勝トーナメントを全勝で勝ち上がり、タイトルを獲得。2年目には14年間も未勝利が続いていた天敵レアル・マドリーを、敵地サンティアゴ・ベルナベウでのコパ・ デル・レイ決勝という最高の舞台で打ち破ってみせた。

 その後も、13-14シーズンには18年ぶりに国内リーグを制し、2度のチャンピオンズリーグ決勝進出、17-18シーズンのEL優勝といった成功を積み重ね、アトレティコは7シーズンで計7タイトルを獲得する。18-19シーズンは本拠地ワンダ・メトロポリターノが決勝の舞台となるCLこそ悲願の初優勝は叶わなかったものの、ラ・ リーガでは7シーズン連続でCL出場権を確保するだけでなく、前シーズンに続いてレアルを上回る2位でのフィニッシュを果たした。

初戦から6試合連続のクリーンシートを記録

 クラブ史上最も輝かしい成功の軌跡は、シメオネが言う「マラガの夜」――アトレティコでのデビュー戦となった2012年1月7日のマラガ戦から始まった。「アトレティコは少なくとも25回はファウルを重ねたのではないか。あらゆるプレーをファウルで止められた。あなたたちメディアはその是非を検証すべきだ」

 試合後の会見で敵将マヌエル・ペジェグリーニが不満を口にしたとおり、この日のアトレティコは計26回ものファウルと5枚のイエローカードを積み重ねて、相手に枠内シュートを2本しか許さず、スコアレスドローに持ち込んでいた。

 攻撃面で見どころは少なく、指揮官の初陣を白星で飾ることもできなかった。それでも最終的に4位でこのシーズンを終えることになるマラガを相手に、泥臭く勝ち点1を持ち帰った戦いぶりは、就任から2週間足らずのうちにシメオネがもたらした確かな変化を示していた。

「ハードワークすること。バランスの取れたチームになること。プレーするのはボールを持っているときだけではないこと。そしてチームという言葉の意味を理解するよう選手たちに求めたい。1人が25ゴールを挙げてもチームが苦しむようではダメだ。たくさん失点をする一方で美しい攻撃を見せてもダメ。それはチームではない」

 マラガ戦前の会見で、シメオネは「チーム」という言葉を何度も強調していた。個人よりチームの利益を優先し、フィールドプレーヤー全員が例外なく100パーセントのハードワークを捧げること。プロとして当たり前のようにも聞こえる指揮官の要求は、しかし、選手たちの意識を劇的に変えた。

 最前線で執拗にボールを追い回すようになったラダメル・ファルカオはシメオネの就任以降、それまでゼロだった警告を4試合連続で受けた。守備意識の低かったジエゴ・リバスやアルダ・トゥランもサイドでの守備に奔走した。ウイングからサイドバックへコンバートされて間もなかったフアンフランは守備面で急成長し、やがてスペイン代表の主力に定着した。

 こうして戦う集団へと変貌したアトレティコは、マラガ戦を含めて6試合連続で無失点を維持する。その間、1試合平均21.7回のファウルと、3.9回の警告を積み重ねながら――。これが後に、欧州屈指の堅守を築く礎となったのだった。

アトレティコの原形は95-96シーズンのチーム

 長らく議論されてきたプレースタイルについて、シメオネは就任当初から明確な答えを持っていた。就任直後の会見で彼は次のように語っている。

「我々が望むのはアグレッシブで力強く、勇敢で、カウンターを武器とするチーム。それはこの栄光あるユニフォームに備わるアイデンティティそのものだ。我々はかつてドブレッテ(2冠)を成し遂げたチームのスピリットを取り戻さなければならない」

 ラ・リーガとコパ・デル・レイのドブレッテを達成した95-96シーズンのチーム。そこに、今やアトレティコのフットボールとして世界的に認知されるようになったプレースタイルの原型がある。リーグ最少失点に抑えたアグレッシブな全員守備。ミリンコ・パンティッチ、“キコ”・ナルバエス、リュボスラフ・ペネフといったアタッカーの能力を生かしたスピーディな速攻。ピッチの中央にはシメオネ自身がいて、厳しいプレーで中盤を引き締め、チームメートを鼓舞していた。

 当時のフットボールの進化系と言える現在のアトレティコの特徴は、前線のFWも含めたフィールドプレーヤー10人で形成する、極端にコンパクトな守備ブロックにある。

 選手間の距離を狭めることで、相手がブロック内に進入するのを防ぎつつ、ボールの位置に合わせてブロック全体が縦・横へと素早くスライドする。ボールサイドの数的優位を保ちながら、ボールホルダーにプレッシャーをかけ続ける。

 世界屈指の強度と組織力を誇るこの守備ブロックには、相手が攻略するギャップもスペースもほとんど生まれない。これによって、アトレティコは格上相手の試合でも確実に接戦に持ち込める、極めて負け難いチームとになった。

不可能な状況を乗り越えるメンタリティ

 就任間もなく選手たちのメンタリティを変え、確固たるプレースタイルを植えつけた。それだけでも素晴らしい仕事ぶりだが、シメオネの最大の功績は、一度高めたチーム力を7年以上も維持し続けてきたことにある。それもファルカオ、ジエゴ・リバス、、アルダ、ダビド・ビジャといった攻撃の核を毎年のように引き抜かれながら。これは簡単なことではない。

 シメオネは生粋のモチベーターだ。時に難病と戦うジャーナリストや、爆弾テロで両足を失ったパラリンピック選手をチームに招き、選手全員で話を聞いて心を揺さぶる。だが、そういった演出は短期間なら効果を得られても、繰り返し使えるようなものではない。

 その点、シメオネには彼自身の言葉を相手の心に届ける力がある。それは本人いわく「生まれながらに備わっているもの」であり、努力して身につくものではないという。 「お前は明日、点を取る」「次は俺たちが勝つ番だ。俺には分かるんだよ」

 そんなストレートな言葉を繰り返し投げかけることで、やがて選手たちにも信じ込ませてしまう。ほとんど洗脳に近いやり方に思えるが、実際にシメオネは何度も、不可能のような状況を乗り越えて偉業を成し遂げてきた。

 リーベル・プレート時代には残り3節で首位と9ポイント差の2位から逆転優勝を成し遂げた。2013年のコパ・デル・レイ決勝ではレアルに対する苦手意識を取り払い、14年ぶりの勝利を手にしてタイトルを勝ち取った。

 週2試合ペースの過密日程が当たり前となっている現代フットボールにおいて、一糸乱れない守備組織とインテンシティの高いプレスを毎試合、90分間保ち続けることは至難の業だ。心身ともに負担の大きいスタイルを、アトレティコはもう7シーズンも維持している。

 他のリーグを見ても、彼ほど長期間にわたって、同じチームでトップレベルの競争力を保ち続けている監督は数えるほどしかいない。たいていの場合、ピークを維持できるのは3、4年が限度だ。

 例えばバルサ時代のジョゼップ・グアルディオラはあらゆるタイトルを取り尽くしたあとも進化の道を探り続けたが、それも4シーズンまでだった。ジネディーヌ・ジダンはチームをなるべく変えずに成熟させて勝ち続けることを目指したが、3年目で限界を見た。

 両者は周囲の意向とは裏腹に、自らの意思でチームを去っている。ピッチ内外で心身の疲労を溜め込んだ末、自分自身の気力、モチベーションを維持できなくなったからだ。

 その点、シメオネは2度目のCL決勝で敗れたあと、退任を考えたこともあったというが、今もなお、就任時と変わらないポジティブなエネルギーを発し続けている。このエネルギーこそ、アトレティコがトップレベルで戦い続ける原動力なのだ。

 明確なアイデア、確かな戦術眼、生粋のカリスマ性、選手時代に築いた輝かしい実績と絶大な人気――。名監督に求められる資質の数々は、確かにシメオネの成功を説明する理由になるだろう。しかし、それだけでは十分ではない。彼にはそれらの能力を発揮し、チーム全体を動かしていくために必要な、無尽蔵のエネルギーがある。

 もしかしたら本人にとっては、ピッチ上を縦横無尽に駆け回りながら相手選手にタックルを浴びせ、声を荒げてチームメートを鼓舞していた現役時代と、何も変わっていないのかもしれない。

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