アトレティコに戻った“チョロ”シメオネ。 愛すべき嫌われ者がもたらした改革。

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「ファウルが増え、ポゼッションは低くなったかもしれない。でも結果として試合に勝てば、ファンは“戦うチーム”という印象を持ってくれる。今までのチームには何かが欠けていた。それが戦う姿勢とインテンシティ(激しさ)だったんだ」

 ひとりの闘将がチームにもたらした変化について、こう語るのはアトレティコ・マドリーのサイドバック、フアンフランだ。

 1995-1996シーズンにリーガと国王杯のドブレッテ(2冠)を獲得したチームの中心だったディエゴ・シメオネが、不振に喘いでいた古巣の救世主となるべく昨年末に監督としてアトレティコに戻ってきた。

 1994~1997年、そして2003~2005年にアトレティコで活躍したシメオネは、「マリーシア(狡猾さ)」を常識とするアルゼンチン人選手の中でも、群を抜いてダーティーな守備的MFとして名を馳せた男だ。

 ファウルも厭わない激しい“削り”でマーカーを震え上がらせるだけでなく、時に対戦相手のキーマンに挑発行為を繰り返して退場に追い込むなんてことまで涼しい顔でやってのける。’98年フランスワールドカップの決勝トーナメント1回戦で、イングランド代表のベッカムから受けた蹴りを大袈裟に痛がり、退場に追い込んだのはその最も有名な例だろう。アトレティコ時代にはレフェリーの目を盗んでバルセロナのロマーリオを蹴飛ばし、報復としてパンチを見舞ったロマーリオを退場させるという事件もあった。

アルゼンチン、イタリアで監督としての経験を積んだ。

 冷静かつ狡猾に、時に手段を選ばず、何より全力を尽くして勝利を目指す。そんなスタイルでアルゼンチン、スペイン、イタリアのクラブを渡り歩き、代表では3度のワールドカップ出場と100試合を超えるAマッチ出場数を重ねてきたシメオネは、現役引退直後の2006年より指導者としてのキャリアを歩みはじめる。

 エストゥディアンテスとリーベル・プレートでアルゼンチンの国内リーグを制して監督としての評価を高めると、イタリアのカターニアの監督などを経験。そして昨年末にアトレティコからのオファーが届いた。「必ず戻ってくるよ」と退団会見の時から言い続けてきた彼は、もちろん即答でオファーを受け入れた。

シメオネの監督就任後、失点数が大幅に減少。

「我々が望むのは、アグレッシブで激しく、勇敢に戦い、スピーディーなカウンターを武器とするチーム。つまり、アトレティコのユニフォームに備わるアイデンティティを体現するということだ。我々はドブレッテを成し遂げたチームのスピリットを取り戻さなければならない」

 リーグ最少の42試合32失点に抑えた堅守と、パンティッチ、、ペネフらアタッカーの能力を生かした速攻。16年前に2冠獲得を実現したスタイルの復活を目標に掲げたシメオネのチーム作りは、就任直後から周囲の予想を上回る変化をチームにもたらした。

 何よりも顕著な変化は失点数の減少だ。それまでリーグ16試合で27失点を喫していたにもかかわらず、シメオネの就任後は6試合連続で無失点。7試合目のヨーロッパリーグのラツィオ戦では初失点を喫したものの、最終的には3-1と逆転勝ちしている。8試合を終えてまだ無敗なのだ。

前線のFWまでもが高い守備意識を持ってプレスに参加。

 これだけ極端に失点が減った要因は、選手全員、特に攻撃陣の守備意識の向上にある。例えばFWのファルカオは、それまでゼロだった警告を4試合連続で受けるほどチェックの激しさが増し、ヴォルフスブルクで問題児とされたジエゴも怪我で離脱するまでは、トップ下で自由に動くのは攻撃時のみで、守備時は速やかに右サイドに戻ってプレスに参加するようになっていた。本職ではない右サイドバックでの起用が続くフアンフランも、慣れない守備を必死の形相でこなしている。

 こうした意識の変化により、それまで16試合で計261回(1試合平均16.3回)だったファウル数はシメオネ就任後の6試合で128回(1試合平均21.3回)に増加。1試合平均3.25枚だった被警告数も平均4枚に増えた。一方で、対戦相手の枠内シュート数は1試合平均2本に抑えることに成功している。

DFゴディンは「以前はなかった戦術的な規律がある」。

 ただし、これだけ守備の要求が高くなると時に攻撃に回す余力がなくなり、結果としてフィニッシュの精度が落ちることがある。スコアレスドローに終わったマラガ戦、バレンシア戦などはそのパターンだった。しかし、それでも選手達はシメオネが目指すサッカーを好意的に受け止めている。

「今も前と同じように走っているけど、恐らくより考えて走るようになったんだと思う。それに攻めも守りも全体がコンパクトにプレーするようになった。成功の鍵はそこにあるんじゃないかな」と変化の要因を分析するのは、ファルカオとの2トップで息の合ったプレーを見せるアドリアン。前監督の下で控えに甘んじながら、シメオネ就任と共に定位置を掴んだDFゴディンも「今のチームには、以前はなかった戦術的な規律がある」とこの変化を歓迎している。

「我々は毎試合より多くのアトレティの心を掴んでいる」

 就任間もなくチームを再生させたシメオネは、現役時代と同様に瞬く間に周囲の心を掴んでしまった。元々人気者だったこともあるが、オフィシャルショップではシメオネが現役時代につけた背番号14のユニフォームがファルカオ、ジエゴに次ぐ3番目の売れ行きとなっている。

 また現役時代に4シーズン在籍したラツィオとアウェーで対戦した先日のヨーロッパリーグでは、試合前にラツィオから記念品を授与された。その際、スタンドのラツィオーレからは「オレオレオレ! チョロ・シメオネ!」と盛大なコールが鳴り響いた。

 3-1の快勝で終えたこの試合の後、シメオネは言った。

「我々のスタイルは相手に圧力をかけ、激しく戦うこと。それが観る者の心を熱くするんだ。我々は毎試合より多くのアトレティの心を掴んでいる」

 現役時代のシメオネは、誰よりも嫌われ者で、誰よりも愛された選手だった。そんな彼が目指すサッカーを選手全員が体現できるようになった時、アトレティコは世界で最も忌み嫌われ、かつ愛されるチームとなることだろう。

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