辛勝するも今後への不安増す

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開幕から広がりつつあった「好調アトレティコ」の印象は、第3節のバルセロナ戦で確かなものになったかに思われた。だが、第4節のレバンテ戦ではスコアこそ0-1だったものの、内容では完敗を喫した。さらにその試合で司令塔のイバガサが負傷。今節の出場が不可能となってしまった。にわかに漂い始めた嫌な雰囲気。それを払しょくするべく、アトレティコ・マドリーはホームにビジャレアルを迎え撃った。

 試合前、地元各メディアは「司令塔不在の両チームはどのように戦うのか?」ということをしきりに取り上げていた。アトレティコ・マドリーはイバガサを、ビジャレアルはリケルメをそれぞれ負傷で失っていたからだ。
 ホームのアトレティコ・マドリーは4-4-2の布陣を敷いた。注目された中盤と前線の布陣は、ダブルボランチにリュクサンとコルサ。両サイドハーフに左ムサンパ、右アギレラ。そして、フェルナンド・トーレスとサルバが2トップを組むこととなった。
 対するビジャレアルの布陣も4-4-2。リケルメ不在の中盤はホシコとバダグリアがダブルボランチを組み、左サイドハーフにフォント、右にはセンナ。そして、2トップにはホセ・マリとフォルランが起用された。

 晴れ渡った空の下、ビセンテ・カルデロンにはこの日も多くのサポーターが集まり、バルセロナ戦での奮闘の余韻がまだスタジアムには漂っているかのようだった。
 キックオフと同時にスタジアムは、アトレティコ・マドリーを後押しするべくワンプレーごとに集中した応援を開始する。だが、その応援とはうらはらにアトレティコ・マドリーは良いリズムを作り出せない。

 リュクサンとコルサにボールが集まり、彼らから両サイドにボールが展開されるまではいいのだが、そこからがどうしても行き詰まってしまう。イバガサがいたならば、両サイドハーフに展開されたボールに対して、必ず彼がフォローに入り、そこからまた新たな攻撃の起点が築かれ、厚みのある攻撃が生まれる。だが、この日イバガサの代わりに先発出場したサルバは、サイドに流れたりポジションを下げてきて攻撃の起点となるプレーではなく、ゴール前でラストパスをゴールに押し込むことを専門とするFWだ。また、彼と2トップを組むフェルナンド・トーレスも中盤の選手のサポートに下がってくることを得意とする選手ではない。彼ら2人はペナルティーエリア付近に張りついたままで、サイドでボールを受けたアギレラとムサンパのフォローに入ろうとしなかった。そのため、アギレラとムサンパはサイドで孤立することになった。彼らを助けようと、両サイドバックのセルジとモリネーロがオーバーラップを試みるがムサンパとセルジ、モリネーロとアギレラといった2人ずつだけで、しかも縦方向への動きだけではどうしてもビジャレアル守備陣に混乱をもたらすことはできなかった。

 対するビジャレアルも効果的な攻撃をすることができない。2トップの一角ホセ・マリが、中盤の位置まで引いてボールを受け、そこから攻撃を展開しようとするのだが、アトレティコ・マドリー守備陣はすぐさまホセ・マリを取り囲み彼の自由を奪う。仕方なくホセ・マリが前への展開をあきらめ、サイドハーフのフォントやセンナにパスを出す。そこから最前線のフォルランにパスが入り、フォルランが自慢の個人技で突破を試みようとするが、彼とマッチアップしたのは快速DFペレアだった。フォルランはペレアを振り切ろうと必死にドリブルで突っかけるが、ペレアを抜くことは容易ではなく逆にペレアにボールを奪われるか、時間をかけすぎて敵に囲まれてしまうかのどちらかで、ビジャレアルの攻撃は失敗し続けた。もしリケルメというキープ力があり、ラストパスを出すことができる選手がピッチにいたら、フォルランがペレアの裏へと飛び出す動きをし、ペレアに後方への注意を注がせ、それによって生まれたわずかなスキからまた別の展開が生まれていたかもしれない。だが、この日のビジャレアルには司令塔の姿はなかった。それは、アトレティコ・マドリーにも同様に言えることだった。リケルメとイバガサが両チームにとってどれだけ重要な選手であるかということが時間が経過するにつれてピッチからスタンドへと伝わっていった。

 司令塔不在の両チームが退屈でスリルのない攻撃を続けたために、前半20分を過ぎたあたりからスタンドからはブーイングが起こり始めた。そして、試合に対する緊張感も次第に薄れていき、間延びした雰囲気がスタジアムを包み始めた。このまま前半は終了するものだと誰もが思った。だが、試合後にビジャレアルのホセ・マリが「事故のようなもの」と語った場面が訪れる。

 前半41分。アトレティコ・マドリーのコルサからビジャレアル陣内右サイドにいたモリネーロにボールが展開される。ボールを受けたモリネーロがじわじわとドリブルをする。彼の前方にはサイドハーフのアギレラがいる。ビジャレアルのボランチ、ホシコがモリネーロにつく。モリネーロはゆっくりとボールをキープする。前方でアギレラが縦に飛び出す動きを起こした。ビジャレアル左サイドバック、アルマンドがその動きに引っ張られる。それまで、内側からアギレラをマークしていたアルマンドのいた場所にスペースが生まれる。モリネーロがそのスペースを突くかのように一瞬ドリブルの速度を上げた。ビジャレアルのもう一人のボランチ、バダグリアがそのスペースを埋めようと動き出す。だが、モリネーロはそのスペースへとドリブルをしないで、ピッチの中央ややペナルティーエリアよりにいたリュクサンにパスを出した。それまでリュクサンには、バダグリアがついていたのだが、すでにバダグリアはそのマークを投げ出してモリネーロがドリブルを仕掛けるかと思われたスペースに移動してしまっていた。スタジアムにざわめきが起こる。ボールを持ったリュクサンはフリーでドリブルをしながら左サイドに流れた。そしてそのままムサンパにスルーパスを通した。パスを受けたムサンパが、左サイド深くからクロスを上げる。クロスが上がった瞬間、そのボールの軌道がサルバが走り込む位置に合わさっていることをスタジアム中がとらえた。サルバが飛び上がり、彼の高い打点からヘディングシュートが放たれ、ビジャレアルゴールネットが揺れた。スタジアムは突然のアクシデントに遭遇したような驚きと、ゴールへの喜びを同時に爆発させた。そして、その余韻の中、前半が終了した。

 後半、両チームは戦術を変更せずに戦い続けた。ゴールの予感のないまま時間が流れた。その流れ行く時間は、前半のゴールが奇跡的に生まれたものであるということをより強く印象付けた。結局、試合は1-0のまま終了した。

 アトレティコ・マドリーは勝ち点3を獲得したもののイバガサ不在では決定的な攻撃を意図して繰り出すことができないことを露呈した。さらに悪いことに、イバガサと良いコンビネーションを中盤で築いていたリュクサンが後半早々に左くるぶしを負傷し退場。全治2週間弱の負傷を負った。また、守備の要であるペレアが不可解な判定で2枚のイエローカードを受け退場し、次節の出場が不可能になった。イバガサに続き、リュクサン、ペレアというセンターラインを構成する選手の離脱は、今後のアトレティコ・マドリーをさらに苦しめることになりそうだ。アトレティコ・マドリーは今節で「嫌な流れを断ち切る」どころか、また一歩その流れの中に入り込んでしまったようだ……。

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