とうとう来るべきものが来た。そんな言葉がピッタリだったアトレティコ・マドリー監督ビアンチの解任。マスコミやファンの中には「何でもっと早くクビにしなかったんだ」という声も少なくないが、18節のバレンシア戦までクラブの経営幹部はビアンチ監督を全面的に支持していたのだから仕方ない。それどころかエンリケ・セレソ会長からは、むしろ選手たちの自覚のなさを批判するコメントばかりが聞こえて来るという悪循環だった。しかし、事態急変のキッカケになったのは水曜の国王杯16強対決の初戦サラゴサ戦。
0‐1で試合に負けたのもさることながら、問題はその内容の方だ。前線も中盤も、昨季は唯一鉄壁だったDFも機能せず、アトレティコ・マドリーの選手たちは右往左往するばかり。そんな状況にもビアンチ監督はずっとベンチに引っ込んだまま。クラブ幹部たちもその無気力な態度には「もう彼では選手たちのリアクションを引き出せない」と匙を投げるしかなかったそう。もちろんバレンシア戦に続いてスタジアムの観客も監督に大ブーイング、「ビセンテ・カルデロンからもう出て行け!」と声を揃えて叫んでいる光景も決断の一因となったことは言うまでもない。
何せ「今季こそヨーロッパの舞台(チャンピオンズリーグ、UEFA杯)にアトレティコを戻す」を合言葉に、クラブはアルゼンチンでリベルタドーレス杯4回、トヨタカップ3回優勝という華々しい経歴を持つビアンチ監督を始め、ケズマン、マルティン・ペトロフ、マキシ・ロドリゲス、ガジェッティらを揃えるのに計3400万ユーロ(約48億円)も投資。それがシーズン折り返しを前にして、来季の国際大会出場権を得られる6位以上どころか、むしろ勝ち点差は降格圏に近い12位というのではたまったものではない。
リーガ順位での目標達成はもうかなり難しいので、国王杯優勝者に与えられるUEFA杯出場権を目指そうとしたものの、こちらもサラゴサ相手の第1戦に負けたことで危うくなってきた。そんな事情を考えれば、来週の2戦目を残しての監督交代はギリギリのタイミングだったともいえる。
それからの動きは早かった。ゲーム終了後にはセレソ会長、トニ・ムニョス・スポーツディレクター、ビアンチ監督が緊急ミーティング。会合は翌日午前中も開かれ、その場で「まだ続けたい」と言うビアンチ監督を役員たちが説得、最後は合意の上で辞めて貰ったそうだ。実際、記者会見ではセレソ会長が「最後は結果がモノを言う」と監督交代の理由を説明していたが、リーガ18試合でたったの4勝、12位という成績では期待に応えていないと責められても当然だろう。
確かにビアンチ監督も、運の悪かったところはある。新戦力加入でゴール数が倍増する筈だったのに、ここまでチームの総得点数はたったの18。エトー(バルセロナ)1人と同じ数字だ。監督本人も現役時代は名ストライカーだっただけに、「技術は教えられても、GKと1対1になった時に冷静さを保てるかどうかは、人それぞれの資質だから」と攻撃陣に決定力がないこと嘆いていたのを思い出す。「アルゼンチンではどの選手も私の説明することをわかってくれた。ここの選手たちの方が頭が悪いとは思いたくないが…」なんてコメントで、スペインマスコミの反感を買っていたこともある。
だが、怪我人が出てどうしようもなくなるまで、3ヵ月近くもチームでたった1人プレーのビジョンがあると言われるMFイバガサをベンチに座らせていたり、レギュラーメンバーが固定してしまい、控え選手をほとんど使わなかったのは本人の責任。おまけに戦術練習をほとんどやらなかったせいで、セットプレーからの失点が異様に多かったのも「集中力が欠けている」。リードしている場面で、3人の交代枠を使いきる程度の時間稼ぎすらしなかったのに、「もっと状況を読んでいれば」と土壇場の失点を全て選手たちに責任転嫁してしまうのだから、これでは彼らだって監督を信頼しきれなかったのも無理はない。
結局、アルゼンチンで名声を欲しいままにしたビアンチ監督も、97年のローマ監督以来2度目のヨーロッパ進出はまたしても失敗に終わることに。解任発表後本人からコメントは出ていないが、クラブの値引き交渉も空しく、彼は2年契約の年棒を一銭も諦めることなく600万ユーロ(約8億4000万円)を受け取れるとか。ただし支払いは4年の分割払いにしてくれたそうだが。
翌々日には19節ベティス戦を控えて時間がないこともあって、後任に決まったのはアトレティコ・マドリーBを率いていたペペ・ムルシア監督。まるでルシェンブルゴ監督解任後のR・マドリードとそっくりだが、彼もロペス・カロ監督と一緒で41歳と若い。おまけにリーガ1部経験がないのも、とりあえず暫定監督を務め、成績次第ではシーズン終了までというところまでそっくりだ。木曜の朝は2部BにいるBチームの週末の試合の準備をしていたら、午後はAチームの練習を率いることになったという。
新監督の最初の課題は「選手たちにまず希望を取り戻させること」。試合前のセッションは2回だけと準備不足の感は否めないものの、早速チームにポジティブな変化が現れるのかどうか。
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